●食への思い

 わたし、ヴァイオリニスト劉薇(Liu Wei)は10年前、「腎不全」の第3ステージ中期と診断され、まもなく人工透析になるだろうと言われた。透析の苦痛を訴える人々の話をたくさん聴き、透析を始めてしまえば、演奏すること自体が難しくなると思われた。ましてや、そのような状態で精神世界の高いレベルにある音楽を奏で、人々の心に届けることは許されないと思い、透析を拒否することを決意した。あれから10年、病院を点々と変わり、現在、腎機能がわずか8%しかない末期腎臓病患者であるわたしを、透析をしないで見守って受け入れてくれる病院は都内でさえどこにもない。
 
 現在、日本では腎不全患者1300万人、うち38万人が人工透析をしている。街中に透析病院が猛スピードで増え続け、最近、在宅透析システムも推進されはじめた。安保徹先生によれば、医者に勧められて透析に移行していく患者は年間1万人を越え、この猛威は日本を世界一の透析大国にもっていこうとしているという。透析患者一人あたり、補助金570万円、老人医療の年間額8人分にも相当する。わたしのこの経験を無駄にしないで、腎臓病患者1300万人に伝える食事法の料理本を出版したい、人々に役にたちたい、いまはそれだけを考えている。
 
 腎機能維持で進行を食い止めるため、一日でも長く舞台での演奏を続けるため、この10年間は苦悩と模索の連続でさまざまなことを抱えながら疑問を持ち続けてきた。結果として、腎機能維持のために懸命にやってきた食事法を定着することに至った。そもそも一般的な「食事療法」、つまり制限の多い食事指導やネガテイヴで古めかしい栄養学には、時代とともに新たな提案が必要だと感じていた。あれこれ食べてはいけない、質より量だけをばかり指摘することに不満を抱いたのだった。楽しく食べたい、ポジテイヴな方向に転換したい、「質」と「真面目に食べる」の原点に立ち返り、食べ物は絶対に裏切らないとの思いで、「食=生きる」を徹底的に実践した。わたしにとって、食事と音楽は「同じ質のもの」でないといけないのだろう。
 
 3.11の後、第2のふるさと日本で暮らすことに気持ちは動揺し、腎機能は急速に低下した。すぐにでも透析開始と宣告され、精神的に落ちこみ、どん底にいる恐怖から精神状態は悪化した。そこから自分をどう救えるのか?常識的な考えから脱出したく、意地でも治療の可能性を探り自力で調べはじめた。人工透析という一時的な解決法は絶対に信用できない。移植手術の情報を集め、移植成功者を訪ね、中国政府要人のコネで話しが進んで移植手術も可能になった(日本では腎移植は透析して5年たった人でないと申し込みチャンスはない)。さまざまな葛藤を抱えながら、どこか納得しない思いばかり頭をよぎった。やれることはほかになかったのか?道は必ずどこかにあると思いたかった。迷った末、やってきた食事と自分の体をもう一度信じることで答えを出し、手術寸前にキャンセルすることを決断した。危機一発で自分を救った。これを機に、ゼロから再生のチャンスを捉えようとしたのだろう。

 いま、医者は首をかしげて「腎機能8%で演奏できるとは。病状は悪いままにブレーキかかっているよ、食事法は優れているね、相当な努力をしたね、音楽の高周波に助けられたね、腎不全末期患者ではあり得ない稀な展開だ」とカルテを眺めながら不思議そうに言う。そしてNPO腎生会の理事になってくださいと言う。

 人間の仕組みや自然治癒力、食に関する本を読みあさり、「ブレナイ」気持ちで真剣に病気と向き合い、身体のことを考えた。いつか病気は治ってくれる、世の中必ず道はある、きっとその道に出会うと信じたのだ。幸い、わたしには中国生まれの食歴と、日本の食事のエッセンス、そこへ新たなるオリジナル創作的な食事法を組み込むことができた。思えば、岩手の高村さんの100%「古代種」有機雑穀に出会ったのは食事法を定着させる大きな要因となった。あわ、ひえ、きび、たかきびの豊穣な穂を手にした時の感動を東京の人々に伝えたく、「劉薇と雑穀の会」を発足させた。現代人の食生活の原点を見直すきっかけとなり、料理会や講演会などでその役命を果たし、「劉薇と雑穀の会」の活動にいかしている。
 
 わたしは最大の「鍵」を手にしたのかもしれない。わたしにとって最大の励みは、「音楽がそばにあること」だ。

●劉薇プロフィール

劉薇 Liu Wei
ヴァイオリニスト・音楽博士
雑穀エキスパート・料理研究家?自称!

1963年東北瀋陽出身の父と上海育ちの母の元に生まれる。多民族食文化の影響が見られるシルクロード西北地域で23才まで過ごす。10代から料理に興味を示し、共働きの両親に天然発酵の中華花巻饅頭をしばしばつくる。
ヴァイオリニストとして音楽活動の傍ら、2005年から持病の進行を抑制するために、食の大切さと向き合い、ふたたび料理に目覚める。自身の食事療法を積極的に研究し、独自の「劉薇流食事法」を確立する。バックグラウンドにある中国の食文化と日本の食習慣を吸収し、アイデアのある料理を数多く考案する。
日本の雑穀生産第1人者高村英世さんの無農薬栽培100%「古代種」の雑穀に出会って以来、試行錯誤し体がよろこぶ「10種雑穀劉薇ブレンド」のおいしい配合を生み出す。健康第一に考え、材料を無駄なく丸ごと調理、手順の簡素化を推進。得意分野の粉類(あわ、ひえ、きび、たかきび、黒米の粉類)をもちい、卵、牛乳、バター不使用のスイーツ開発にも力を入れている。体によい!なのに おいしい!しかも簡単!と人気を博している。
現在、「食=大切に生きる」をスローガンに、現代人の乱れた食事の見直しを呼びかける活動をしている。料理本出版計画中。

1963年
中国シルクロード蘭州市に生まれ。10代から両親に連れられ中国各地の食事に接する。       
1984年
西安音楽学院ヴァイオリン科卒。自炊開始。
1999年
東京芸術大学大学院博士論文発表で、ヴァイオリン演奏分野で初の外国人博士号を授与される。
2000年
カーネギーホールやフィラデルフィアでアメリカ演奏を行う。
2005年
慢性腎不全と診断され、食事療法開始。
2007年
高村英世さんの100%「古代種」の雑穀に出会い、高村さんとの交流を深める中、雑穀畑見学と農体験で感動を覚える。雑穀10種劉薇ブレンドを試行錯誤し現在のおいしい配合を生み出す。これを機に現代人の乱れた食の見直しを呼びかけるべく、劉薇と雑穀の会(Liu-Wei’s Millet Society)を立ち上げる。以来、20数回劉薇と雑穀の回料理研究会を実施。
2008年
劉薇ブレンドを周りのみなさんに提供しはじめる。
2010年
アースデイと東京ミッドタウンマーケットに出店、雑穀販売展示を行う。
2011年
サントリーホールリサイタル終了後、人工透析の宣告を受ける。
透析をするまいと食事療法を根本から再度見直しし、生きる力と真摯に向き合い、腎機能回復を信じ続け、多方面から改善の方法を模索する。「心を鍛える」ことなどさまざまな代替医療と人間の自然治癒力を含む関係文献100冊以上読破し、その中から効用のありそうなものを実行に移すなど幾多の試行錯誤の結果、現在、自力で小さい奇跡の復帰の兆しが見えはじめ、腎機能回復に努めながら演奏活動の再開に至っている。
アイルランドの友人宅滞在やウイーン音楽研修の際でも現地食や伝統Millet食レシピに接する。

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